<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?><rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" 
			xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" 
			xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="http://ustate.blog110.fc2.com/?xml">
<title>upper state</title>
<link>http://ustate.blog110.fc2.com/</link>
<description></description>
<dc:language>ja</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://ustate.blog110.fc2.com/blog-entry-16.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ustate.blog110.fc2.com/blog-entry-15.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://ustate.blog110.fc2.com/blog-entry-16.html">
<link>http://ustate.blog110.fc2.com/blog-entry-16.html</link>
<title>Ordinary people</title>
<description> 　出会い系サイトで知り合った八歳年下のその男は、子持ちだった。「おかえり、パパ」とその少年は言った。「ただいま」と彼は言った。「こちら、パパの友達」「こんにちは」と俺は仕方なく言った。「こんばんは」と少年は言った。利口そうな子だ。「聞いてないぞ」　俺がそう言うと、彼は返事の代わりにライターを擦った。その足下で、少年は静かに寝息を立てている。確かに、こうしている時の彼は父親らしく見えた。女みたいな細
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 　出会い系サイトで知り合った八歳年下のその男は、子持ちだった。<br />「おかえり、パパ」とその少年は言った。<br />「ただいま」と彼は言った。「こちら、パパの友達」<br />「こんにちは」と俺は仕方なく言った。<br />「こんばんは」と少年は言った。利口そうな子だ。<br /><br />「聞いてないぞ」<br />　俺がそう言うと、彼は返事の代わりにライターを擦った。その足下で、少年は静かに寝息を立てている。確かに、こうしている時の彼は父親らしく見えた。女みたいな細い腰と、それに似合った端正な顔立ち、二三歳と事前に聞かされていなければ、十代にも見間違えたかもしれない。それが、こうして子供と寄り添っていると、ふいに大人びて見える。こいつは確かにこの子の父親で、この子は確かにこいつの息子なのだ。そういう説得力を秘めた雰囲気が二人を中心に、この部屋を取り巻いている。<br />「怒った？」と彼が言う。<br />「怒りはしないさ」<br />「子持ちだって知ってたら、会ってみようとは思わなかったんじゃない？」<br />「どうかな」俺はそう言葉を濁した。「母親は？」<br />「いないよ」<br />「いなきゃ産まれない」<br />「少なくとも、今はいない」彼の吐き出した煙草の煙が、やんわりと形を崩しながら宙を舞い、やがて掠れて消えた。「知りたい？」<br />　うまく言葉が出てこなかった。言葉は混濁した思考の中に埋もれ、それぞれの繋がりを絶ったままぐるぐると俺の内側を渦巻いている。いや、どうでもいいことだ。俺は思考を中断する。知ったところでどうなる問題でもないのだ。俺はこの部屋では部外者であり、侵略者なのだ。<br />「もうすぐ五歳」と彼は言った。「僕が一八の時に産まれた。僕はまだ大学に通ってた。自分がソレだって気付いたのは、一九の時」<br />　煙が吐き出され、宙を舞う。それが消える様を俺は眺めていて、彼はその間何かを待つように口を閉ざしていた。窓の外、すぐ下のコンクリートを踏みしめて走るトラックの大きなタイヤが、ギシギシと世界を揺るがす音を響かせ、そして遠くへ消えていく。フェイド・アウト。<br />「別に知りたくないよ」と俺は言った。「知りたいことは他にたくさんある」<br />「シャワー浴びてきなよ」<br />「ここでヤるのか？」<br />「寝たら起きないよ、こいつ」<br />　どうにも妙な気分だった。さっきまで二人で飯を食ってた時とは別人に見える。最初に会ったときは、まるで少年みたいな奴だと思っていた。童顔で、背は俺の胸辺り。笑うとくしゃっと顔が崩れるとこなんか、たまらなく可愛い。体型は好みだし、顔も申し分ない。女にも、男にもそこそこモテるだろう。十分にアタリの部類に入る。話も弾んだし、あとは寝るだけだった。それが気付けば、予想外の事実を突きつけられて翻弄されているのは俺の方だ。彼はどうみても、子供がいるようには見えなかったのだ。一〇〇人が見れば、九九人はそう言うだろう。<br />　関係ないさ、と俺はもう一度、言い聞かせるように反芻した。足が三本あるとか、性器が二メートルもあるとか、そういうんじゃないんだ。子供がいる、それ以外は他のどんな男とも違わない。俺は軽く彼の頬に口付け、立ち上がる。もやもやと霞んだ空気をかき分けるように、足を進める。<br /><br /><br />　ベッドの中の彼は素敵だった。性的には不慣れに見えたが、その不器用な仕草がむしろ俺を興奮させた。腕の中で、彼はぐるぐると表情を変えた。二三歳の彼がいて、かつて十代だった彼がいて、これから老いていく彼がいる。青年としての彼と、少年としての彼と、そして父親としての彼が同時に存在している。まるでいつか見た夢の残骸をかき集めて、それを抱いているようだった。<br />　そう、まるで幻想だ。夜全体が、安定を失って揺れているようだ。<br />「のぼる」と彼が言った。「あの子の名前。昇降の昇に流れると書いて、昇流。僕が考えた」<br />「へぇ」と俺は言った。「変だ。俺はまだ君の名前も知らないのに、君の子供の名前を知ってる」<br />「知りたい？」<br />「なんて呼べばいいかだけ教えてくれないか？」<br />「リュウ」と彼は言った。「みんなはそう呼ぶよ」<br />「リュウ」<br />　俺は煙草に火を付ける。彼のメンソール。煙草を吸うのは二年ぶりだった。鼻を抜けるツンとした清涼感が新鮮だった。世界は最後に一度だけぐらりと揺れて、また確固とした安定感を取り戻しつつある。犯しがたい頑なさで、足下をがっしりと支えている。煙を吐き出す。薄闇が白く濁る。<br />「リュウ」と俺はもう一度呼んだ。「なんで俺と会おうと思ったんだ？」<br />「アレがついてるから」<br />　そう言ってリュウはクスクスと笑う。子供みたいに。もう父親の面影は、そこにはない。<br />「可愛い」と俺は言う。<br />「ふふん」<br />「可愛いって言われるのは嫌か？」<br />「アンタに言われるなら、まぁ悪くないよ」<br />　そして、もう一度唇を重ねる。<br /><br /><br />　唇を重ねて、俺は思う。五歳になる子供がいるのはどんな気持ちだろう？　それでもなお、誰かを抱いたり、或いは抱かれたりしたいと思うものなのだろうか？　それは、火星に住んでいる人々のことを考えるのと同じくらい想像の及ばない世界の話だった。顔や身体の造りはずいぶんと違うが、肌の温度や、その下にある血肉や、或いは一揃いぶらさがったモノは俺と同じだ。俺はその内側に何があるのか知りたい、と思う。皮を裂いて、肉をかき分けて、その先にある俺の物とは違う内臓をすくい上げて、眺めてみたい。息子が眠る隣の部屋で男に抱かれる男の気持ちがどんなものなのか、俺は知りたいと思う。<br /><br /><br />　目が覚めたのは、十時過ぎだった。隣にリュウの姿はないが、乱れたシーツはまだ人の温もりを残していた。遠くで、食器の触れ合う音がする。音は気が抜けたようにぼんやりと響いている。まるで母親の腹の中で、外の世界の音に耳を澄ませている胎児のように、ぼんやりと、暖かく。自分が目覚めているのか、それとも夢の続きを見ているのか、判断することができない。<br />　俺はもう一度目を閉じる。暗闇。目を開く。朝の陽光。身体の各部と脳から伸びる神経がきっちり接続されているかどうか確かめるため、いろいろなところを少しずつ動かしてみる。瞼、口、舌、手、指、足、足の指。大丈夫、全部動く。ここは現実の世界の朝なのだ。<br />　服をかき集め、シャツとパンツを身につける。冬が近いこの頃にしては、それで十分なほど暖かな朝だった。子供の頃に見たような典型的な日曜日の陽気。知らない部屋、知らない匂い――煙草とコーヒーと彼の匂いだ。まるで別の世界からお誂え向きの日曜日をそっくりそのまま持ってきたみたいな気分だった。立ち上がり、音のする方へ足を向ける。キッチンに食器を洗う彼の姿があった。彼の息子はいない。<br />「おはよう」俺がそう言うと、リュウは視線を上げて小さく微笑んだ。「王子様はお出かけ？」<br />「三丁目のタナカユウイチくんの家にね」と彼は言う。「何か食べる？」<br />「うーん」<br />　俺は考える振りをしながら、足を彼の方へ進め、後ろからやんわりと彼を抱いた。細くてすぐに折れそうにも見えるのに、引き締まった肉はがっしりと硬い。そして、これまで俺が抱いてきた何人かの男と同じように――まるで普通の人間みたいに、暖かい。<br />「しっかり持ってなよ。バラバラにならないようにね」とリュウは言いながら、水を止めた。「カリカリに焼いたトーストの上をとろけて滑るバター、冬眠中の熊も目覚めるようなエスップレッソ、香ばしいパストラミと柔らかなクリームチーズを乗せたホットサラダ。どう？」<br />「いただこう」<br />　口付けるように耳元で囁く。彼は、また笑う。飢えた狼だって心和むような、素敵な笑顔。それが今、俺の腕の中にある。少なくとも、この瞬間だけは俺の物だ。過去も未来も関係ない。この瞬間の温もり、優越感が今の俺を満たしているのだ。<br />「時々ね」と彼は言う。「バラバラになりそうな気分になるんだ。肉が石みたいに固まって、強ばって、崩れ落ちるのを待ってるだけの銅像みたいになって。古い像って、僕には崩れ落ちるのを待っているように見える。中東の遺跡や、打ち捨てられた教会にありそうな像。そう、自分自身がそういう像になったような気持ちになるんだ。そういうのって、わかる？」<br />「難しいな」<br />「場違いな時に、場違いな場所に立っているような気持ち。誰かがしっかり捕まえていてくれないと、そのまま無数の破片になってしまいそうなんだ」<br />「それで時々誰かと寝る」<br />「そう。今回はたまたま、アンタだった」<br />「誰かと寝る度にその話をするのかい？」<br />「まさか。アンタが初めてだよ。でも、どうしてだろうね」<br />「誰かに恋をしているからかもしれない」<br />　彼は笑う。俺も笑う。世界がぐらぐらと揺れ、静まりかえる。蛇口から一滴、水が滴って、シンクを叩いた。水滴は弾け飛んで、無数の粒となって俺の手とリュウの唇をほんの少し濡らした。彼の身体が小さく震え、僅かに冷たくなった。そんな気がした。<br />「ねぇ、僕にはわからないんだ。ここにいるのが正しいことなのかどうか。僕は、僕の進む方向を自分で決めた。あの子と、昇流と二人で生きていくってね。それが僕の人生で、そうすることが正しいんだと信じてた。なのに今は確信が持てない。間違っていたんじゃないか、もっと別の道があったんじゃないかって、最近よく考えるよ。僕は僕の人生をあの子のために使うべきじゃなかったんじゃないかって。ねぇ、あの子は僕にちっとも似てないんだ。似ているところが一つもない。まるで母親の身体を一度分解して、小さく組み立て直したみたいに。でも彼は僕の子供なんだ。僕にはそれがわかる。ねぇ、僕は間違ってるかな？」<br />「誰も間違ってなんかいない」と俺は言う。「或いは、誰もが間違っている」<br />　彼はしばらく黙っていた。俺も他に言うべき言葉が無かったので、やはり黙っていた。言葉は頭の中で、頭蓋に何度もぶつかり跳ね返りながら、混沌の中を渦巻いていた。俺はシンクの脇にあった煙草の箱から一本取りだし、それを彼の唇に挟んで、火を点けた。すぐに煙が立ち上って、俺たちを取り囲むようにキッチンを灰色に染め直していった。<br />「ご飯を食べよう」と俺は言った。「その後で、もう一度キスしよう」<br />「キスだけでいいの？」<br />「最近太り気味でね。デザートは控えてる」<br /><br /><br />　昼過ぎに、俺はリュウと別れて彼の部屋を出た。出て何をする予定があったわけではなかったが、一度別れた方がいいような気がした。晴れた日曜日。無個性な町の真ん中で、幾多の人間とすれ違いながら、俺はコンクリートを踏みしめて歩いた。どこへ向かうのだろう、と俺は思う。どこへ向かえばいい？　しかし誰もその問いには答えない。結局のところ、この町において俺は部外者であり、侵略者であり、ただの数十万分の一に過ぎないのだ。誰もがそれぞれの行くべき場所を目指し、それぞれの問題を抱え、それぞれの物語の中を歩いている。俺も、彼も、その中の一人に過ぎない。ただ俺の物語の主人公が俺であるように、彼らの物語の主人公が彼ら自身であるというだけだ。<br />　俺は一度だけ立ち止まり、振り返る。俺の足跡はすぐに別の足跡に書き換えられていく。腕の内側に、唇に、鼻孔の奥に残る彼の温もりが南へと吹く風に冷やされていくのを感じる。俺は前を向く。そして歩く。平凡の中にゆっくりと埋没していく。フェイド・アウト。 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>短編</dc:subject>
<dc:date>2007-12-08T09:38:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>山路 光</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://ustate.blog110.fc2.com/blog-entry-15.html">
<link>http://ustate.blog110.fc2.com/blog-entry-15.html</link>
<title>父の記憶</title>
<description> 　僕が覚えている一番古い記憶は、父の腕の温度だ。　たぶん僕が幼稚園の年長くらいの時、だいたい五年か六年くらい前のこと、場所はどこだろう……よくわからない。わかるのは、その心地よい暖かさと、身体全体が包まれるような力強さだ。やがて僕は父の腕の中でうとうとと眠りに誘われ、そこで記憶はぱたりと途絶える。　父の腕から、いろんなことが伝わる。優しさやら、愛情やら、そういう柔らかな感情、他にもたくさん。その中に
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 　僕が覚えている一番古い記憶は、父の腕の温度だ。<br />　たぶん僕が幼稚園の年長くらいの時、だいたい五年か六年くらい前のこと、場所はどこだろう……よくわからない。わかるのは、その心地よい暖かさと、身体全体が包まれるような力強さだ。やがて僕は父の腕の中でうとうとと眠りに誘われ、そこで記憶はぱたりと途絶える。<br />　父の腕から、いろんなことが伝わる。優しさやら、愛情やら、そういう柔らかな感情、他にもたくさん。その中には、どんな言葉にも当てはまらないような気持ちが含まれていたことを、僕は知っている――覚えている。それがなんなのか知りたくて、でも訊くのがなんだか怖くて、僕はそれを自分の中にずっとしまいこんで黙っていた。そのうちに僕は、本当に言わなければならないことまで内側にため込むようになってしまった。なにを口にすべきか、何を口にしてはいけないのか、それが少しずつ曖昧になって、僕には判断が付かなくなってしまった。ため込んだ僕の思いは、僕の中でかちかちに固まって、かぶりを振る度に頭の中を転がって音を立てた。ごろごろと。<br />　それは、なんだか不安に似ていた。でも父は、いったい何に対して不安を抱いていたんだろう。僕も大人になれば、わかるだろうか。いつか僕が大人になって、誰かと結婚して、子供を産んで、この腕にそれを抱くときには……、僕は考えるのを止めて、目を閉じた。眠りがやってくるまで、僕は瞼の裏の暗闇を見つめ続けた。<br /><br /><br /><br />　家に帰ってきたのは夜の八時頃だった。父はまだ帰ってきていなかった。リビングは真っ暗で、窓の外の外灯がカーテン越しにうっすらとしたオレンジを浮かび上がらせているだけだった。テーブルの上には、父の書き置きが乗っている。朝に見たときと同じ場所、同じ内容のメモ。「おそくなります。お金をおいておくので、好きなものを買って食べてください」。その下にも何かが書いてあったが、ぐしゃぐしゃと塗り潰されていて読めない。書き置きの上に、ピッとした新しい千円札。<br />　塾はさぼった。さぼってずっと本屋で立ち読みをしていた。別に初めてのことじゃない、今月に入って、もう六回もそんなことを繰り返している。父さんが知ったら、なんて言うかな。今度こそ怒るかな。いや、やっぱり怒らないだろうな。ただ悲しげな目をして僕を見るだけだ。<br />　僕は千円札を握りしめて、そのまま右手をズボンのポケットにつっこんで、回れ右して家を出た。息苦しい。まるで家の中だけ酸素が薄くなってるみたいだ。これ以上そこにいたくない。でもそこ以外に帰る場所がない。とにかく、今はそこにいたくない。<br />　すっかり陽が暮れた町を、僕はあてもなく歩いた。そもそもの最初から行くべき場所なんてどこにもなかった。行きたい場所も、やりたいことも、何もない。こんなことならちゃんと塾に行っても良かったかな。少なくとも、塾に行けばそこには友達がいる。同じクラスのノブや、一組のシンちゃんや、そのシンちゃんが好きなヒロコや……。友達と一緒にいれば、嫌なこと、考えずに済む。でも彼らもいつか、それぞれの家に帰ってしまうだろう。いつまでも見たくない物から目を背け続けることなんてできない。そんなことをしてれば、足下の小石にも気付けないまま、あとは転ぶしかない。<br />　普通でいいんだ、と僕は思う。普通の家で、帰ったら父さんと母さんがいて、暖かい晩ご飯があって……。でも僕にはそれが、ない。今頃ノブは何してるかな、と思う。もう晩ご飯を食べ終えて、みんなでテレビ見てるかな。また弟とチャンネル取り合ったりしてるかも。「あのバカ、すぐ泣くくせにチョーナマイキなんだよ！」って、また挨拶代わりに明日言うかな。シンちゃんはどうだろう。そういえばアイツ、新しいゲーム買ってもらったって自慢してたな。いいな。それとも、布団の中でヒロコのこと考えながら、ヤラシイことしてるかも。ヒロコは？　女も一人エッチすんのかな。<br />　どうしたいのか、よくわからなかった。走り出したいような、叫びたいような、しゃがみこんでじっとしていたいような、そんな気持ち。いろんな事を考えれば考えるほど、そのどうにもならない気持ちは膨らんでいった。何も考えたくなんかない。全部忘れたい。でも頭は考えるのを止めてくれない。走り出せば、その間は考えずに済むだろう、何かを叫べば、その間だけ忘れられるかもしれない、しゃがみこんで目を瞑れば、眠りがやってくる。わかった、要するに、何も考えたくないし、何もかも忘れたいんだ。<br />　忘れるには、どうすればいい？<br />　しばらくぶらぶらと歩いているうちに、足が向かう方向が自然に定まっていった。駅の近くの、ゲームセンター。学校の先生は「危ないから子供だけで行ってはいけません」なんて言ってたけど、時々、ノブやシンちゃんたちと、塾の帰りにこっそり寄っている店だ。一人で入るのは初めてだけど、今まで平気だったんだ。何も危ないことなんかない。先生の言うことなんて、知るもんか。偉そうに僕たちを脅かしてる、ただそれだけだ。そう思うと、自分が少し強くなったような、大人になったような気がして、足取りはずっと軽くなった。<br /><br />　でも、やっぱり正しいのは、先生の方だった。<br /><br />　ポケットの中に何枚か入っていた硬貨の中から百円玉を取り出して、格闘ゲームの台にそれを投入する。まだキャラクターを選ばないうちに、「危ないこと」はちゃんと起こった。<br />「なぁ」<br />　後ろから声を掛けられて、驚いて振り向くと、そこには髪を茶色く染めた、中学生くらいの男がいた。クラスにも髪を染めてる奴はいるけど、その男の髪色は、威圧的なくらい眩しく、濃い色をしていた。一目で、彼がどういう種類の人間なのかが、わかった。<br />「おまえ、小学何年？」<br />「四年」と、仕方なく答える。自分でも情けないくらい、萎縮した声が出た。<br />「金貸してくんない？　ちょっとでいいからさ」<br />　言うことが予想通りで面白かったが、笑う気にはとてもなれなかった。断ったらどうなるんだろう？　その男は、決して体格がいいと言えるタイプではなかったが、それでも、自分よりずっと高い身長に威圧感を覚えないわけにはいかなかった。腕力ではとてもかなわないだろう。助けを呼ぶ？　ダメだ、周りにはこの男と大差無さそうな人間しかいない。逃げ場がない、そう思うと、急に恐怖感は高まった。<br />「いくら持ってる？」<br />「……千円」<br />　バカみたいに正直に答えていた。恐怖感は暗示のように、僕の頭を痺れさせていた。<br />「じゃ、千円」<br />　男が手の平を出す。従うしかないんだろうか、でも……、迷っているうちに、少しずつ男の眼光は鋭くなっていった。断ったらどうなるかって？　そんなの、考えるまでもない。僕はポケットから千円札を取り出して、男に手渡した。あんなに綺麗だった千円札は、ポケットの中でくしゃくしゃになって、男の手の上で色褪せていた。<br />　男はありがとうもなにもなく、背を向けて喧噪の中に消えていった。制限時間が切れて、キャラクターが自動的に選ばれる。対戦相手と向かい合う。パンチを避けようとしてレバーを後ろに入れると、画面が滲んだ。僕は手を離し、立ち上がり、小走りに出入り口に向かった。背後で攻撃がヒットする、ドカッという音が響いていた。耳障りな電子音の中で、その音だけが妙に鮮明に耳に残って、頭の中で何度も反復していた。ドカッ、ドカッ、ドカッ……。<br /><br />　かっこ悪い、ダサい。男だろ、しっかりしろよ、と自分を励まして、人通りの少ない方へと歩いた。怖かった。頭がぼんやりとして、足元は浮き足立っていて、胸が熱かった。歩いているうちに、目に溜まった涙は引いていった。<br />　また、行くべき場所を失った。でももう、どこにも行きたくなかった。どこに行っても、またあの男が待ちかまえてるような気がして、そのことを思うと怖くて、足が竦んだ。止めておけばよかったんだ、と僕は思う。先生の言うこと、ちゃんと聞いておけばよかった。何が、怖くなんかない、だ。めちゃめちゃビビってやんの。くそっ、と小さく呟いて、地面を蹴った。残ったのは、爪先の痛みだけだった。<br />　家に帰ろうか？　でも、と思う。父さんはもう帰ってるかな。遅くなるってことは、もっともっと遅くなるってことだろう。今何時だろう、十時くらいかな。もし父さんが先に帰ってたら、心配するだろうな。怒ってるかな。<br />　ううん、怒らないだろう、きっと。<br />　帰りたくなんてなかった。足を向ける方向が無くて、どうすればいいのかわからなくて、ふと目に付いたバス停のベンチに腰掛けた。硬い椅子にお尻をつけると、もう立ち上がれなくなるんじゃないかと思うくらい、身体の力がふわりと抜けた。知らず知らずの内に強ばっていた部分の筋肉が、軋むように痛んだ。<br />　何本かのバスが停車し、何人かの人が降車し、何人かの人を飲み込んで、バスはまた走り出す。僕はその様子を見ていた。バスがやってくる度に、その目映い車内灯の白色に、僕は目を伏せた。何人かの乗客が僕の方をちらりと見て、すぐまたそれぞれの方向へ歩いていった。みんな帰る家がある。帰るのを待ってる人がいる。普通の、ありふれた家庭。僕はそれが、たまらなく羨ましかった。できるなら、誰でもいいから、誰かになって当たり前の家庭へ帰っていきたかった。どうして僕は、僕に産まれたんだろう。どうして僕は、「普通」ではないのだろう。<br />　いくつもの足音が渦巻いて、夜の空を覆っている。様々な色の光が高く、より高くを目指して空へ立ち上っている。月は見えない。星ひとつ、見えない。風はだんだんと冷ややかさを増していて、たぶん、そのしっぽの方に、冬がくっついてくる。風が吹き去った後に、冬が来る。雪の降らない、手足の先が凍り付くような、乾いた冬だ。<br />「何やってるんだ？」<br />　聞き慣れた声がして、見上げると、そこに父さんがいた。バスの放つ白色の光が逆光になって、顔はよく見えなかったが、それは間違いなく父の姿だった。何かの間違いみたいに、目の前に立って、僕を見ていた。<br />「待ってたのか？」<br />　そう言われて、思わず小さく頷いた。声は出なかった。<br />「待つなら、うちの近くのバス停で待ってればいいのに、こんな夜中に……」<br />　そこまで言ったところで、バスの扉が閉まって、大きなタイヤを軋ませて、走り去っていった。父はバスの行く先を、じっと見つめて、黙り込んだ。街の喧噪は徐々に弱まって、夜がその黒を濃くし始めていた。<br />「歩いて帰るか」<br />　父がそう言って、僕の手を引いた。僕は小さく、また頷いたが、父はそれを見ていなかった。ぐっと握った手の平は、懐かしい暖かさだった。<br /><br />「晩ご飯は食べたのか？」<br />「うん」と僕は言った。静寂に吸い込まれそうな、小さな声で。<br />「なんだ、元気ないな。なんかあったか？　眠いのか」<br />「なんでもない」<br />「本当に？」<br />　僕は首を振る。否定でも、肯定でもない、ただ首を振っただけだ。もう声は出てこなかった。声を出すと、いろんな物が一緒に溢れてしまいそうだった。今までため込んできたもの、全部。ぐっと唇を噛みしめて、僕はそれを抑え込んだ。不安。寂しさ。恐怖。憧れ。僕の中でかちかちに固まって、灰色に染まって、ごろごろと転がる石。きつく噛みしめた唇が、じわりと痛んだ。その痛みと共に、さっき引っ込めたはずの涙まで、またこみ上げてきてしまった。<br />「おい、なんだよ、何泣いてるんだよ」<br />　なんでもない、そう言いたかったけど、声には出さなかった。ただ握った手をぎゅっと握り返すだけだ。<br />「なんかあったか？　変な人になんかされたとか……これじゃ父さんが変な人みたいだな」<br />　滲んだ景色の向こうに、父の困った顔。今にも泣き出しそうな、悲しそうな目。僕は、父のそんな顔が嫌いだった。戸惑うみたいな話し方が嫌いだった。もっとちゃんと、「大人」をやってほしい。「お父さん」をやってほしい。涙は次から次に溢れてきて、止めようも無かった。蛇口を捻ったみたいに、瞼を押し広げて涙は次々に頬の上を流れた。噛みしめた唇の隙間から、声にならなかった息が漏れた。<br />　父さんは、泣き止まない僕を抱き上げて、とんとんと背中を手の平で叩いた。撫でるみたいに、あやすみたいに。<br />「四年生にもなって、また抱っこする時が来るなんて、思ってなかったな」<br />　耳元で、囁くようにそう言った。触れ合った部分から伝わる熱は記憶の中の父と少しも変わっていなくて、暖かくて、優しくて、心地よかった。抱き上げる腕は力強く、でも少しも痛くはない。<br />　こんなとこ、誰かに見られたら、もう学校行けないな。そう思いながら、僕は、父の腕の感触を確かめるみたいに身体を預け、父さんの身体を抱き返した。<br /><br />　僕が覚えている一番古い記憶は、父の腕の温度だ。たぶん僕が幼稚園の年長くらいの時、だいたい五年か六年くらい前のこと。父の腕は、僕に語りかける。愛情、信頼、それから、不安に似た何か。まるで、ごめんと謝っているような、そんな感じの不安。恐怖、かもしれない。僕には、今の僕には、それが何なのかわからない。<br />　顎を父さんの肩に乗せて、僕は目を閉じた。そうすると、父の息遣いをはっきりと聞き取ることができた。心臓の音も聞こえる。不思議なことに、それを聞いていると、父が泣いているような気がした。顔は見えないから、本当に泣いているのかどうかはわからなかったけど、なんとなくそう思った。<br />　父さんは、僕の父さんなんだな、と僕は思った。そんな当たり前のことを、まるでちょっとした発見みたいに思ってる自分がおかしくて、ほんの少しだけ笑った。父さんは僕の父さんで、僕もいつか父さんみたいな大人になるんだろう。いつか、大人になって、誰かと結婚して、子供を産んで――そしたら、父さんの気持ち、わかるかな。<br />　父さんの目が嫌いで、父さんの喋り方も嫌いだ。普通じゃないのも、まっぴら。でも、僕が僕である以上、僕は僕をやっていかなきゃならない。父さんは、僕の父さんで、それも変えられない。僕は目を少しだけ開いて、さっきより堅く閉じた。眠りがやってくるまで、ずっとそうしているつもりだった。うとうととした、心地よい眠りがやってくるまで。<br /><br />　僕の記憶は、そこでぷっつりと途切れた。 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>短編</dc:subject>
<dc:date>2007-10-14T19:30:19+09:00</dc:date>
<dc:creator>山路 光</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
</rdf:RDF>